余話として
徒然なるままに・・・・・
<壱>
君は問う。男子の死ぬべき所はどこかと。小生も昨年の冬投獄されて以来、そのことを考え続けて来たが、今ついに、死の一字について発見するところがあった。死は好むものでもなく、また、憎むべきものでもない。世の中には、生きながら心の死んでいる者がいるかと思えば、その身は滅んでも魂の存する者もいる。死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよい。生きて大業をなす見込みあらば、いつまでも生きたらよいのである。つまり小生の見るところでは、人間というものは、生死を度外視して、何かを成し遂げる心構えこそ大切なのだ。
これは吉田松陰が高杉晋作に教えた死生観です。
『世に棲む日日』に詳しく書かれています。
司馬遼太郎氏の歴史小説の中では、わたしが好きな人物も、嫌いな人物も非業の死を遂げることがあります。
かれらは、別の小説の中で生きかえり、読み返すことによっても生きかえります。
死への恐怖とは痛さとか苦しみとかではなく、好きなひとと別れることにあるのではないかと思います。
平成十五年ニ月某日
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