
慶応3年(1867年)11月15日 京都河原町蛸薬師の醤油商近江屋で龍馬は33歳の誕生日を迎えましたが、奇しくもこの日刺客に襲われ暗殺れることとなりました。
以下、司馬遼太郎氏
『竜馬がゆく』より引用しました。
この日、寒気がつよい。
竜馬はまわたの胴着に舶来綿の綿入れを着かさね、さらにそのうえに黒羽二重の羽織をひっかけて二階奥の間に出た。
二階には四間ある。奥八畳の間で中岡と対座した。
「熱で頭がくらくらする」
といいながら、中岡のはなしをきいた。宮川処置の相談がおわると、新政府の官制についての用談になった。
角力の藤吉は二つの部屋をへだてた表の間で楊枝けずりの内職をしている。
そのうち夜になったので藤吉は竜馬の部屋の行灯に灯を入れた。
そこへ例の岡本健三郎があそびにきて、両人のはなしをきこうとした。ほとんど同時に菊屋の峰吉少年が入ってきた。峰吉は中岡の使いで錦小路の薩摩藩邸にゆき、その返事をもらって帰ってきたのである。
「峰吉っつぁん、腹がへった」
と竜馬は峰吉をかえりみ、軍鶏を買ってこい、といった。