亀山社中は、慶応元年(1865)薩摩藩などの援助により、土佐の浪人坂本龍馬が、長崎・伊良林に同士と組織した日本最初のカンパニ ーといわれる結社です。
メンバーは、幕府の神戸海軍操練所閉鎖に伴い龍馬と行動をともにした若者たちを中心に20数人、長岡謙吉・近藤長次郎・陸奥陽之 助・沢村惣之丞など幕末の激動期を生きた志士たちでした。
亀山社中は、海運業を中心とした商業活動のほか、薩長同盟を基軸とした倒幕運動に参画。幕末維新史において重要な役割を果たし ました。
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Last Updated: 3 September 2006
■龍馬通り
寺町通りの禅林寺・深崇寺の間から亀山社中跡を経て風頭公園に至る坂道・石段のある通り。坂本龍馬をはじめ亀山社中の同士たちがどこへ行くにもこの通りを登り下りしたことからそう呼ばれています。
■亀山社中:亀山社中の跡。門から中に入ってみましょう。
■亀山社中:この龍馬の像は、風頭公園にある
坂本龍馬の像の原型だそうです。
■亀山社中屋内の様子:貴重な写真ばかりです。
■中岡慎太郎のめずらしい笑顔の写真:当時の写真機は撮影に時間がかかったため、数分間この笑顔を維持してないと撮れなかったはずです。
中岡慎太郎:天保9(1838)年土佐国安芸郡北川郷柏木村に生まれる。慶応3年京都白川に陸援隊を組織、坂本龍馬の海援隊とともに土佐藩の遊軍となった。同年11月15日の夜、龍馬とともに京都河原町の醤油商・近江屋で見廻組に襲われて重傷を負い、17日絶命。享年30歳。
■龍馬のぶーつ
平成7年10月28日、亀山社中創設130周年を記念して亀山社中ば活かす会が、亀山社中前のポケットパークに建立しました。「龍馬のぶーつ」を履き、舵輪に手をかければ、130年も前に長崎港から世界に向けて船出していった龍馬や海援隊志の気分を味わうことができます。
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